安曇野便り NO.5 (2000年8月)
      逃げずに問題と向き合う
                   長野県南安曇郡堀金村  稲角 尚子
 
 子どもたちの約3週間の夏休みが終わり、小学校は8月19日から中学校は8月21日
から2学期が始まりました。村に一つずつしかない小・中学校(しかも近接してい
る)がそれぞれ違う日に始業式があったり終業式があったりするというのは、何
事も「県下一斉に」を旨としていた香川から越してきた私たちにとって初めこそ
驚きもしましたが、今ではもうな〜んてことなくなりました。だって、同じ小学
校であっても隣接する穂高町や豊科町、三郷村や松本市などとも休みの取り方が
全く違うのですから。穂高町のある小学校では8月23日に2学期開始。三郷村では
今年は9月1日なんだそうです。秋休みの日程とか期間も各校さまざまです。それ
ぞれの学校の方針というか年度当初の話し合いで決まるらしい。その学校独自の
取り組みというのは、案外こんなバラバラな休みの取り方から生まれてくるのか
も?
 
 この夏休み、堀金小学校では土日と盆休みの3日間以外は毎日プールが開放され
、子どもたちは地区ごとに分けられた時間帯に存分に水と戯れました。プールの
監視は先生1人と、全校の親たちがそれぞれの時間帯に6人ずつ割り振られて担当
します。親たちのうち4人は大プールの四隅に、残りの2人は小プールの対角線上
の位置に立って監視しました。プールサイドの屋根があるところに腰掛けて扇子
片手におしゃべりをしながらというわけではないので、私も当番の日は暑さで頭
がクラクラしましたが、こういった先生や親たちの協力あってこそ子どもたちは
プールを楽しむことができます。この夏休みのプールの監視当番のアレンジをし
たのはPTAの校外指導部。夏休みに入る前にはPTA主催で万一の事故に備えての救
急法講習会が開かれました。
 他にもこの校外指導部の主な仕事として通学路の危険箇所の点検と要望という
のがあります。地区ごとに危険なところをチェックして、横断歩道やミラーを設
置してほしいとか危険な水路に防護柵をつけてとかいったことを村の公安委員会
に要望し、交渉するのです。足型だって必要だと判断したらこれも村に要望しま
す。高松にいた頃、足型塗りをしたり、年に数回いわゆる「緑のおばさん」の当
番が回ってきて旗振りをやったりしながらも、PTAは要望をとりまとめるような機
能をはたさず、意を決して個人で要望しようものならニラまれるだけ・・とアキ
ラメの空気が支配するところにいた私は、ここでやっと納得できるPTA活動に出会
った気がしています。海が近く、公営プールが充実している香川では、PTAによる
夏休みのプール監視は必要ないのかもしれません。でも、お金を必要としない公
的施設の代表は学校ですし、その学校という場を利用しない手はない。その地域
の子どものために必要とされているPTA活動はもっともっとあるのではないでしょ
うか?
 
 中学生の息子が夏休みにまずしたことはナント薬草集め。生徒会と文化祭の資
金にするためだそうです。生徒会会費は現金では集めておらず、全校生徒で取り
組む夏休みの薬草集めと2学期早々にある加工トマトの収穫作業などでまかなって
いるといいます。指定された薬草はゲンノショウコ地上部750g・ドクダミ地上部740g
・オオバコ全草(根付き)1080g・ヨモギの葉(茎は入れない)1000g・タンポポ
の根300gだそうです(いずれも乾燥重量)。この薬草集めをおばあちゃんやおじ
いちゃん頼みにしている子もいるらしいのですが、あいにくわが家は核家族。夏
休みの初っぱなに薬草集めをしている中3生も全国的に珍しいかも?ギラギラした
日差しの中をランニング姿の中学生が草かきを手にしゃがみこんでいるなんてい
い光景だなぁと、私はひとごとなので呑気にニコニコ見ていられます。両手に抱
えきれない程のオオバコ(生重量で4・以上)を2日がかりで集め、水路でひとつ
ひとつ洗ってカラカラになるまで1週間近くかけて干し、途中で夕立ちで濡らして
しまってため息をつき、「やっと乾いたで。おい、おまえの来年の分も集めてや
ったぞ」と小6の弟に言いながら重さを計ったら100g足りなかったとかでまた集め
ていました。「母さん、オオバコ1080gでいくらになると思う?355円だって!!
全校で目標金額が10万円なんやで。えらいこっちゃ」とぼやきながら・・。ここ
に越してきたからこその夏休みの体験です(ちなみに松本市内の知人は「松本で
中学生の薬草集めなんて聞いたことないなぁ。さすが堀金村だね」と言っていま
した)。

 それはそうと、NO.2(2000年5月)でお伝えした鶏をめぐるキツネと中3生の攻
防、予想通りまだまだ続いています。1回目にベニヤ板を破られて中3生はコンパ
ネで補修し、1羽だけ残った雛に仲間を増やして雄1羽・雌6羽で飼っていました。
彼が雛たちと過ごす時間はますます長くなり、雄雛がようやく「コーッ、コケー
ッ」と時をつくりはじめ、雌雛はあと1ヶ月もしたら卵を産み始めると思われた頃
、またやられたのです。今度は地面を掘られて・・。鶏小屋を建てたところは、
以前息子がサツマイモ畑にでもできないかとツルハシで掘ってみたけれど、ほと
んど掘ることができなかったくらいの場所です。そこをキツネは一晩でいとも簡
単に掘ってしまった。敵もなかなか必死です。今度は1羽残らずやられてしまいま
した。散乱している羽根が涙を誘います。中3生は考えました。「よし、床をコン
クリートにしてやる」。コンクリートにするにはセメントに砂利や砂、そして水
を混ぜるというので、彼は夏休みに入る前に家の回りで砂利を集めました。一輪
車(ねこぐるま)で1回、2回、3回、・・・・12回、13回。そうして、いよいよコ
ンクリ敷きにするぞという夏休み初めての日曜日。セメントをこねる時に使うフ
ネという箱形の入れ物を借りるために、自然食ペンションを自分で建てた穂高町
の臼井さんを訪ねました。NO.2でもお話した、そもそも初めにうちの中学生に廃
材を提供してくれた人です。床がコンクリートだと鶏が骨折しやすいとか砂浴び
ができないという情報を少々気にしていた彼に、臼井さんが提案したのは「少し
穴を掘って、廃物のトタンを敷いてその上に土を10〜15・くらい盛ったら?」と
いうものでした。中3生はコンクリ打ちをしてみたいという気持ちも強くなかなか
ウンと言いませんでしたが、臼井さんの「お金を使わずに、あるものを利用する
ということも大事だよ」という一言でようやく納得したようです。できるだけお
金を使わずにあるものを利用する・・・本当に大事なことだと思います。今の時
代、少し奮発すればよりよい材料はいくらでも手に入ることでしょう。砂利だっ
てDIYの店に行けば20・300円程度で売っています。でも自分で汗をかきながら砂
利を集めたり、よりよい材料にはかなわないかもしれないけれど一応満足できる
「今あるもの」を使ってどうしたらいいかと考えるからこそ、工夫するという知
恵が生まれるともいえます。だから臼井さんにはいっぱい知恵が詰まっているの
ね。
 その日、廃物のトタンを床面積に合わせて敷きつめて、それからまた一輪車で
何回も(時々音を上げそうになりながら)庭の土を運ぶ中3生。へこたれずになか
なかやるもんです。「側面は金網とコンパネ、地面はトタンでしょ。となると今
度は屋根のトタン板をキツネにひっぱがされるかもね・・」と私が意地悪く言っ
たら「そしたら瓦葺きにする」とのこと。「3匹の子豚」ではないけれど、経験が
あってこそ少しずつ賢くなるのかも。そのうち、鶏と一緒に住んでもいいんじゃ
ない?
 
 さて、前回NO.4(2000年7月)でお話した「問題ある実践」について話を続けた
いと思います。6月初めの授業参観の日。2時間の参観が終わって懇談会になりま
した。F先生がこれまでの2ヶ月を振り返りながらその日の授業の説明をしました
。曰く、

「AAA、AA、A、B、C、D」といった漢字評定は丁寧にしっかりとやれているかどう
かを見ている。これはいいか悪いかをハッキリさせるため。一生懸命やることで
評価がいいとは限らない。いい授業とはリズムがあってテンポが速い授業。説明
を削り短くして指示内容をはっきりさせることにより、子どもたちは指示をすぐ
聞いてテキパキと動くことができる。スピードの速い子は出来る子。もちろんゆ
っくりの子はいるが、私が待たないのでみんな置いていかれないように必死でつ
いてくる。大学ではじっくり、ゆっくりと子どもの成長を待つよう教えられたが
、今はそれではダメ。少しでも速くやるよう促していく。ノート指導は丁寧にき
ちんとやるということを具体的に教えている。日付の線やページを線を囲む時、
その他あらゆる線(=や答えの下に引く線も含む)などを定規を使ってきちんと
書く・問題と問題の間は2行あけるといったことをきちんとやれるようになるとテ
ストで10点は伸びる。一字一句にこだわり、言葉を大切にするために写すテスト
は重要だし、教えたとおりに言わせることもやっている。こういうことをズルす
る子は伸びない。やる気を起こさせるには、『激励』と〜だから〜しようねとい
った『趣意説明』をすること、そして同時に2つも3つも指示を与えず『一時一事
』を原則にすることなどが大切。もっとがんばって跳び箱の練習をしようではな
く一人3回跳んだら先生のところに集まってというように『簡明』に指示すること
・・・・・」
 
 ここまできたら、さすがの私も気がつきました。これはひと昔前に全国の教師
たちに流行ったという、あの「教育技術の法則化運動」じゃあありませんか!!
『授業の腕をあげる法則』(明治図書)などの著書で全国の教師から教祖と仰が
れている向山洋一氏がこの「教育技術の法則化運動」の主宰者。各地で行われて
いる研修会では「新聞のテレビ欄から、今まで習った漢字を探しだし、たくさん
見つけた者をチャンピオンとする」授業実践とか「遠足でゴミを拾わせる方法」
など『具体的な』授業方法を研修しているといいます。しかしそこにあるのは、
斉藤茂男氏のいうところの「目標を設定し、合理的・効率的にもっともムダなく
人間を動かし、その操作の手を操作される側に気付かせないで管理していく生産
性向上の管理手法」(「ひと文庫 『教育技術の法則化運動』症候群」1989年 
太郎次郎社所収)だとは言えないでしょうか?

 子どもはほめて動かし、質問は具体的に、努力目標をはっきり示し、決して怒
鳴らないなどという『教育技術』は、保護者にも一見好ましいように思えます。
教師は恐ろしく熱心にそういった技術を研究していると言えますし、私が今回娘
の担任として出会ったF先生も自費で研修会に参加しているそうです。子どもたち
の紙の上での学力も飛躍的に高まるかもしれません。しかし、です。そういった
授業の「技術」とか、その「法則化」に熱中する教師は子どもたちをどうしたい
というのでしょう。指示通りにすばやく動かして、子どもたちに何を伝えたいの
でしょう。
 NO.3(2000年6月)「個々の教師の取り組みや考えが見えてきた」の中で、必要
なのは個々の教師の試みとか方針とか信念、そして子どもの意見を聞く耳ではな
いかと書きました。香川ではどこに行っても同じような授業ばかりだったので(
おまけに、ドリル帳だけではなく「○○の学習」といった教科書併用の学習帳ま
で県内一律にありましたから)なおさら個々の取り組みや実践を支援したいと考
えました。しかし、教師それぞれがいろいろな機会を通じて研修している長野県
のようなところでは、ジェンダーについて鋭い感覚を備えた教師もいれば、一方
でこういった「問題ある実践」もあり得るわけです。こういういろいろな教師を
抱えているところではよけいに管理職の力量が問われることでしょう。早速小学
校の管理職とお話して「とにかく授業を見て下さい」とお願いしました。教頭先
生は初め「基本的には、それぞれの先生の個性でなされる授業を保証したいので
、いかにも監視するような授業視察はしたくない」「研究授業でもない限り見る
のは難しい」と消極的でしたが、何とか方法を考えてとにかく授業を見てみます
という約束を取り付けてきました。「教育技術の法則化運動」自体もご存知ない
管理職に、どうやってその「危うさ」を伝えたらよいのかわかりません。また、
自信満々でそれこそ信念をお持ちのF先生にどうやってわかってもらったらいいの
か途方に暮れる思いです(かなり難しい気はしています)。しかし、あきらめる
わけにはいきません。それこそ、最終的には教育観の違いとしか言いようがない
でしょうが、四つにぶつかるしかないと思っています。「速い子はかしこい」と
連発するような教育観の先生に子どもたちを託すわけにはいかないからです。
 
 懇談会で知り合った他の保護者と少しずつ話ができるようになってきました。
大々的に他の保護者を煽動しているかのように触れ回るのではなく、じっくりい
ろいろな機会に話していこうと思っています。あるお母さんは「あれじゃあ、子
どもが学校をきらいになるわ」と言っていました。そのとおりだと思います。少
なくとも今年度は子どもが毎日つきあう担任と意見を応酬するのはあまり気の進
むことではありません。でも逃げずに向き合いたい。糾弾するのではなく、話し
合って話し合ってなぜ困るのかをわかってもらいたい。管理職も単に「まずいで
すよ」と注意するだけではなく、なぜ問題なのかをどうやって伝えてくれるのか
、管理職の働きにも注目したいと思っています。

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