自休自足 2003.5発売 第1プログレス発行
「こういう時代になったんだなぁ」 しみじみと小さな声でつぶやいた。
いやいやとんでもない。この人こそ、「スローライフ」「自給自足」そんなことばが もてはやされるはるか以前からそんな暮らしを続けている。やはり、時代が彼に追い ついたとしか言いようがない。 臼井健二さん53歳。
「うちには高級料理店の食事もリゾートホテルの設備もないけれど、自然と調和した暮らしのなかで 21世紀型の心地よい暮らしを提供できればと思っています。」
妻の朋子さんと3人の子供たちとともに、長野県安曇野で、仲間たちと建てた宿で人々をもてなす。
大学を出た後、東京の商社に勤めた。一年後、退社。
「都会暮らしは僕に合わなかった」
笑いながら当時を振り返る。学生時代に熱中していた山が忘れられず、地元安曇野の町営の
山小屋に入る。ここでのもてなしは今でも語りぐさ。一日中歩き、疲れきった登山者
に、まず熱いお茶を一杯、夜はスライドを使って翌日の天気やコー
スの案内、記念写真を撮り、年賀状に貼り付けて送ってあげた。何もない山 では、心にしみるもてなしだった。当初年間3000人だった宿泊者は毎年1000人ずつ増えた。臼井さん宛に送られてくる年賀状が何千枚もあり、その数が町長より多かった
という。しか し1977年。臼井さんは山を下りた。
「あまりに理想的な世界だったのかもしれません。そこでは皆が同じ自然環境のな
かで平等に過ごせる。こんな世界は山だけです。お金に関係ない世界です。本当に素晴らしい世界でしたし何時までもいたいと思いました。でも消費ばかりで生産がなかった。
地上でもっと人の中に入り、自分を磨いてみたいと思いました。 山を下りた臼井さんは以前から漠然と考えていた宿を始めようとする。土地は父親
の土地と交換してもらい手に入れたが、資金が少なかった。そこで、山で知り合った人たちに資金援助とブレーンになってもらうために会員を募った。3カ月後、2500万円が集まっ
た。そこに、山小屋にいたときにためた自己資金を足して建設の資金ができた。資金までも自給してしまったのである。資金不足は建物を自ら作ることで解決した。専門家数人と共に素人集団も交え建設に当った。
山や学生時代の仲間が入れ替わり立ち替わり労働力を提供し、宿の建築が始まった。
材料には古い電柱、枕木、タダでもらってきたものなど使えるモノはなんでも使った。 「山から木を切り出して川に流して運んだりもしました。パーマカルチャーの原点 スローライフ 自給自足の原点がここにある」
3年後、宿は完成した。ヘブライ語で“平和”という意味の『シャロムヒュッテ』
と名付けられた。
「60点でいいじゃないですか」
これが、臼井さんの哲学。
「現代社会は分断し競争させます。結果としてものが豊になりました。でもいつも競争を強いられ ものの豊かさは人を幸にはしませんでした。 「分断して競争させるよりも融合して共生した方が人は幸せに生きれるんですね。虫も草も敵ではなく同じ仲間なんです。私は農業、大工、八百屋も事務等多様な仕事をしてます。プロフェッショナルでは
ありません。でも、どれも満点でなくてもいいんじゃないでしょうか。50点だって2つになれ
ば100点になりますよ」
宿を経営し、畑を耕し、敷地内にはオーガニックのレストラン カフェーと雑貨店 自然食の店 本屋 八百屋 フェアートレードの店 セブンイレブン(?)地域通貨の銀行 幼稚園まである。薪の石窯で焼く天然酵母のパン ピザは絶品である。 ひとつに秀でることも良いですが 全体の調和の中で持続可能な多様な暮らしを目指す。拡大したものを小さな世界に集めて奪い取る20世型の経済でなく 与え合う21世紀型の暮らし。お金がかからない暮らしにつながります。
それが臼井さんの自然体につながっているのかもしれない。ほんの数十年前まで、日本人の多くはこういう生き方をしていた。「百姓」といわれる生き方だ。文字取り百
の仕事をこなしてきた生き方である。 「自然農法は60%しかとれないですよ。それでいいんです。その代わり健康的な汗もかけますし田畑は気持ちがいい。草も虫も共生できますし毎年土地が肥えていきます。持続可能です。何十万もするトラクターもガソリンも必要ない。農薬での健康障害もない。日本人が豊
かな生活をしている陰には、第三国と自然が犠牲になっています。子供達の世代にそのつけがまわっているのです。そんなことを聞きながら畑へ向かう。
「有機の野菜はうまいよー」
臼井さんと一緒に自然農をやっている地元の方が声を掛けてくる。まるで魚市場のように活気のある声。野菜作りが楽しくて仕方ないと言った様子だ。
自然農やパーマカルチャーでは草も虫も敵としません。そして耕しません。草の根が大地を耕し地上部は有機質として土地をこやします。草にまけそうになったら勢いを押さえてあげるために草を刈って伏せてあげます。堆肥を作っているのと一緒です。毎年土地が肥えていきます。耕してしまうから草も沢山生えてくるのです。耕さずに表土を削って種を蒔けば野菜しか芽を出しません。見事に人参だけが芽を出します。田畑は気持が良くエデンの園ですよ。
人間が育てるのではなく、自然の恵をいただく。そんな共生の持続可能な 調和した考えに裏打ちされた多様な暮らしがここにある。
10年以上前から菜食。マクロビオティックの基本的な考え方は、旬のものを丸ご
と食べること。 「いまはスーパーに行くと、旬でないものが置いてある。これはこれでとても有り難いことですが夏の野
菜は身体を冷やすし、大根など冬の野菜は身体を温める。それを無視して食べるから
体のバランスを崩し病気が増えるんですね、」
6月から11月までは野菜をほとんど自給。もちろんすべて自然農法や有機農 パーマカルチャーで育てたもの。余っ
た食材や食べ残しはまた畑へ。肥料となったり残飯の中のタネが発芽してまた収穫できるものもある。
「ピーヒョロヒョロヒョロ」ふと見上げるとトンビが弧を描いている。、臼井さんの
畑には小鳥や蝶がたくさん舞っていた。
ここには循環した調和した生態系があるのだ。
さまざまな仕事をバランスよくこなし、無駄をださない。すべてが協調しあい、融合し、循
環している。
持続可能 多様性 調和
21世紀の新しい生き方のヒントを見た気がした。
自休自足という本の取材原稿です。私臼井が多少変更加筆しましたので実際の本と多少異なります。
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