夢  の  鳥    上 芳久   

 

 

旅のために 上野芳久 

風にむかって

鳥は飛った

夢よりも高い空

その日は、夏の日の午後

昨夜の夢よりも

たしかにつよい不安な風

海を越え,降りたつ遠い土地

 

そこはどのような土地か

わたしは知らない、だが

異国よりも遠い、夢の国にきみは降りる

ふりむいてはいけない、いまは

その国の風の匂い 土と樹の匂いに

古代の夢を掘り起こす時だ

見たまえ,風がいやにきみをよんでいる

きみはきっと気づくはずだ

母の国,奈良の古寺のいらかや風の匂いが

その土地の寺院の裏側に隠れていることを

血の歴史につながれていることを

わたしはしらない 遠い国を だが

道すがら触れる人の背にはきっと

ながい服従の歴史にしばられた

かなしみの影が見えるはずだ、つよい顔も……。

<ひとつの来歴を握るため

 渡らなければならぬ橋がある 海がある

 『類』は寂しい道のりの声の結晶だった>

きみは離陸の時、ふとそう想ったはずだ

恐れてはいけない、夜も月も、そして

異国ゆえつたわらぬ言葉も 想うがいい

旅立てぬ弟のひとりが、きみの空を

ともに視つめていることを

 

熱い国の河は

どのような色を染めて 暮れていくのか

きみは行く,熱い河のほとりへ

マンダラの国へ、その事実に

ふときみは不思議な空白(おもい)を見るはずだ

だがきっと、灼けついた町や河、そして

仏像のいたいけな表情が

きみの日々、きみの生涯に

幾度も、そして幾度も蘇り

恐ろしいほどの宿命の時としてあったと

気づくはずだ

迷いが訪れたら想うがいい

死の海をこいで渡った苦行僧の 命と勇気を

祈りをこめて訪ねた国であることを

<思想>がきみをこの土地に呼びよせた

きっとそれは信じていい声だ、だから

海を越えても、きみはきみであり得るはずだ

 

はじめての高い空、空からの海

その距離の怖さを わたしは知らない だが

きっと、寺院に見る静かな修羅の声を

きみはきみに報告するために、旅に出た。

そして想うがいい、ひとり旅にも

たくさんの視線が向けられている と。

夏の日の午後 鳥は飛った

その行方の空に わたしは手を振る。  

 

 

伝 承  上野芳久 

両腕を切られて見せ者にされた幼女

人類は飢えをしのぐために 宗教を

うみだした 失った腕 流された血

の中に 生きる糧をさぐりあてた者

らは 自らの腕をきるべきであった

日に日に貧しさの沼に落ちていく 

不安な時に 声を嗄らして叫ぶべき

か 世界は飢えの谷を深めながら 

肥えていく わがサドゥよ 祈るべ

きなのか この時に カーストはわ

が世界の構図だが 怒りはどのよう

に消されていくのか 権力をほこる

寺院のまえで 埋もれた屍が見えて

くる あの屍はだれのものか 文明

はネガティブなものだ 影の復権 

それを祈り語りつぐことが 業のゆ

くえだ たとえば 光を視ずに流れ

た水子 もしも輪廻の諸相があるな

らば かれらこそ 牙をもった悪鬼

のように 世界に生まれ変るべきだ

恐山に群らがる若い女よ 世界は水

子をふみつけた 救われるべきだ 

自責の暗部から呪いの声が 地上の

あくたを巻きあげ 冷たい針となっ

て 虚構の塔に降るべきだ 水子霊

 狂え 巫女を踏みつけ 風神と

なり 喧騒の街へ 黒い雲のように

たれこめ 地の影となり 足元をす

くう風の強さで 快楽にとりつかれ

た カーストの世界をつき崩せ 古

代よりつまれた石の塔がうごく 地

霊よ マグマよ この世界が終末の

予感に震える時 夜泣き地蔵が移動

する 街は荒廃の風に満ちている 

人が群らがり 虚飾の塔を築いてい

る 文明の幻影が高くそびえている

腕を切られた幼女よ わがサドゥよ

水子の霊よ 文明の明るみをおおい

地に影を落とし 霊の力で棲家をつ

くれ!

    ※サドゥ=インドの遊行僧

 

 上野芳久 (昭和23年生まれ)法政大学教育学科卒業 法政文学研究会 主な著書に詩集「風のあらがい」、堀正明氏との詩画集「立ち枯れ」、評論集「北村透谷・蓬莱曲考」等がある。玄春の弟で詩画の作品や「類通信」を共同で発表。

 

 

 

 

 

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