Profile
タスマニアの自然に魅せられ、ホバートの独創的な環境デザイン/設計学校に入学し、師ビル・モリソンと共同でパーマカルチャーの理論を構築。『パーマカルチャー1』の若き共著者としての脚光を避け、自足生活のための実際的な技術、デザインを磨き、設計/デザイン・コンサルタントとして活動。オーストラリアでパーマカルチャーがもっともよく具現された展示サイトといわれるヘップバーン・スプリングの自宅を拠点に活動を続け、過去7年間、フライヤーズ・フォレスト・エコビレッジの開発を推進。南東オーストラリアの寒冷気候での経験が豊富で、自宅近辺の生態には特に詳しい。著書に「Permaculture
/ Principles & Pathways Beyond
Sustainability」(2002年)がある。個人的な経験を通し、持続可能な生活スタイルは十分可能なもので、消費漬け社会への強力な対抗策だと教える。
レポート=梅崎靖志
2004年6月、NPO法人パーマカルチャー・センタ・ジャパン設立記念講演会、
および柏崎・夢の森公園・環境学校セミナー特別講演会より 通訳 リック田中さん
パーマカルチャーとは
パーマカルチャーは持続可能な生活、そして持続可能な土地利用をデザインするための体系です。つまり、自然と調和した暮らしのデザインといってもよいでしょう。もともと「パーマカルチャー」は、「パーマネント(永続的な)」と「アグリカルチャー(農業)」「カルチャー(文化)」を合わせた造語です。パーマカルチャーは暮らし全体を扱うことから、土地や自然を利用した農業、林業、建築、教育や文化、健康、経済、地域社会のあり方まで、対象となる分野は多岐に渡ります。
現在のエネルギー消費の多い社会からエネルギー消費の少ない社会へ向け、どのように持続可能な社会を見つけていくか、という課題に対する取り組みであるともいえます。自然が持つ限界を見極め、どのように自然の豊かさを暮らしに取り入れていくか。どのように自然の中に自分たちの暮らしを取り戻していくか。これらを考えることで、パーマカルチャーは、自分がいる「今、ここから」始めることのできるものです。
パーマカルチャーの歴史
パーマカルチャーは、タスマニア大学の教員であったビル・モリソンと、当時学生であった私が共に作り上げた永続的なライフスタイルの枠組みです。1978年、共著『パーマカルチャー1』が出版されたことによって、初めて公に紹介されました。世界的な歴史の流れの中でみると、1960年代後半から70年代にかけて高まった環境への関心から生まれた運動のひとつといえます。
その後、ビル・モリソンはパーマカルチャーを広めるための活動を精力的に行い、一方私は、自然と人間が再び調和する暮らしの技術を獲得しようと、パーマカルチャーの実践を積んできました。できるだけ物を持たない簡素な暮らしの中で、庭いじり(ガーデニング)や農業、建築の技術、森林に関する技術を学び、その成果を2002年に本にまとめました。著書では、実践を踏まえて理論に立ち返り、パーマカルチャー12のデザイン論を軸にサスティナビリティ社会は長期的な未来とし、そこに至るための今日的な暮らし、文化のあり方について論及しています。
食べ物の自給
パーマカルチャーでは、自宅で野菜や果物を作ることを奨励しています。自分で食べ物を作ることが、一番持続可能であるからです。地産地消(その土地で作った物をその土地で消費する)を実践することや、フードマイル(作られた場所から消費される場所までの距離)を短くすることで余分なエネルギーの消費を抑えます。また、食べ終わったあとの残飯もそこで堆肥化することにより、循環させることができます。
そして、庭いじりを通じ、私たちは再び自然と関係を持つことができます。自然の中へ出かけ、それを見て楽しむだけでなく、自然と一緒になって暮らしていくことに大きな意味があります。
多様性を大切にする
重要な概念のひとつに、「生態系の多様性を保つ」ことがあげられます。作る野菜も単一ではなく、多様な作物を作ることを奨励し、さらに、一年草の野菜よりも多年生の作物に重点を置いています。また、樹木の利用を推奨していることもパーマカルチャーの特徴です。樹木は、野菜に比べて土の中の栄養、水、日光を利用する力が優れています。
畑の生態系の多様さと生産にとって一番大切なことは、種の確保です。種は大手の種苗会社の手に握られつつありますが、この対抗策として、自分たちの手で在来の種を保存し、守ろうという動きがあります。何百年も栽培されてきた在来品種は生産力が高く、耐病性もあるからです。今、こうした優れた品種が失われつつあります。
食べ物の保存
パーマカルチャーでは、生産したものをどのように消費するかにも気を配ります。旬の食べ物を食べることは身体にも地球の環境にもとてもいいことです。たくさん採れた旬のものを、昔ながらのやり方で保存する方法はいろいろあります。トマトをパスタソースにしたり、果物の瓶詰め(真空)保存や、ジャムへの加工など…。これらを家庭で行うことで、収穫物を保存する知恵を子どもへ伝えることもできます。
地力を回復させる
地力を保ち、回復させるための方法として、堆肥の利用や緑肥植物の栽培などがあります。こうした昔ながらの方法の他に、ミミズを使って生ゴミを処理するミミズコンポストは都市部の台所から出る生ゴミを処理する方法として広く使われています。
また、新聞紙やダンボールを使ったマルチシートは、パーマカルチャーが勧めた方法です。光をさえぎることで雑草を抑え、時間と共に分解されて土に還ります。今ある資源を再利用することがパーマカルチャーです。ゴミとして捨てられる資源をマルチシートとして有効に使います。
樹木の利用
パーマカルチャーでは、樹木の重要性を説いています。食べ物にしても一年草に頼るのではなく、多年生の樹木を重要な供給源と見ています。例えば、もともと中近東辺りが原産のピスタチオは、オーストラリア南部でも生産されています。オーストラリアのように乾燥した場所では、小麦の生産に比べ、環境負荷が小さいのです。
日本でも農家の庭先に、柿や梅などの有用植物が植えられているように、オーストラリアでも昔から米や麦の生産を補うために、果実や木の実が利用されています。
動物の利用
動物を利用した方法としては、チキントラクターがあります。収穫が終わった後の畑に鶏を放すと、土をほじくり返して畑を耕してくれます。日本では、アイガモ農法がありますね。アイガモが雑草を食べて米の生育を助け、アイガモも一緒に育ち、秋には米とアイガモの両方が収穫できます。
私は竹林に豚を放牧しています。豚がタケノコを食べることで竹林が広がることを防ぎ、豚も育ちます。糞が大切な肥料になりますし、豚の日焼けも防げます。放牧の際には電柵も使っています。パーマカルチャーではエネルギーのかからないローテクを推奨する一方、新しい技術も効果的に取り入れます。
薪の利用
また、なるべく自然に近い形での森林経営を目指し、そこから採れる木を用材として利用します。つまり、植林して工場のような状態で育てるのではなく、なるべく自然の中で育て、自然の恩恵にあずかることがパーマカルチャーのやり方・考え方です。
私が関わっているフライヤーズ・フォレスト・エコビレッジで採れるユーカリの木は、いわゆる堅木で非常に重たいです。育ちの悪い木、曲がった木を少しずつ伐採して燃料や用材として利用することで、残された木が太く高く育ちます。これらの木が建築用材として使えるようになるまでに約80年かかります。このような森林経営は、経済的に割が合わないといわれますが、環境への負荷を考えるとずっと価値が高いのです。
森林経営により生じる自然の恵みは、まず燃料として利用されます。薪は燃料の中でも持続可能であり、燃焼効率もいい。私の家では、薪で調理をしたり、お湯を沸かしています。一年間で使う薪の量は5トンくらいです。台所には小さなガスレンジがありますが、ガスの使用量は年間で小さなガスボンベひとつです。
また、メルボルン市内で作られるパンのほとんどが、ガスを使ったオーブンで焼かれていますが、シリーズというパーマカルチャーのシティーファームにあるパン屋さんは、市内で得られる薪で天然酵母のパンを焼いています。
日本で再び脚光を浴びている炭焼きも、持続可能な資源を使う取り組みのひとつです。
自然素材の利用
樹木を含めた生物素材の利用に関心を持つ一方で、石の利用を推奨しています。フライヤーズ・フォレストには、コンクリートの代わりに石組みを使った壁面があります。私はこれまで「これは優れた石の使い方だ」と紹介していましたが、日本で優れた石の組み方を見てからは、こちらは素人で貧弱だと感じました。
日本では伝統的に石が上手に利用されていますが、その一方で、コンクリートが多く使われ過ぎていることに衝撃を受けました。パーマカルチャーがコンクリートを批判するのは、見栄えが悪いだけでなく、コンクリートの生産にはたくさんのエネルギーが必要で、それが再生不可能な材料であるからです。もちろん、今あるものは利用しなければなりませんが、将来私たちの子孫はこれらを維持し、修復するのが難しくなるでしょう。これは日本だけの話ではありません。先進国では、今あるインフラを維持するためにかかる維持費の高さが問題となっています。
建築には、コンクリートの代わりに石や日干し煉瓦などを利用することができます。それらは、蓄熱体になりますし、日干し煉瓦は、大きさを自由に調整でき、耐加重性のある建築材料としても利用できます。日干し煉瓦の材料は、オーストラリアのように土地がやせたところにはたくさんありますが、日本では土が肥えているため、あまりないようです。
また、家のデザインも大切です。私の家は、太陽エネルギーを利用したパッシブソーラーの考えをもとにデザインされています。冬の間の暖房は90%がこの太陽のエネルギーでまかなわれています。
パーマカルチャーでは、なるべくエネルギー消費の少ない昔ながらの方法を奨励していますが、土木工事のように化石燃料を使うことも、それが創造的であるなら奨励する場合もあります。1986年に自分で家を作った時には、ため池や家を建てる際に重機を利用しました。
自然と調和した暮らし
パーマカルチャーは、持続可能な生き方や持続可能な土地の利用方法をデザインする人、活動家、団体を含めた国際的な活動であり、草の根の運動です。その過程で、私たちの居場所を自然の中に再び取り戻すことを目指しています。パーマカルチャーは、自然を観察することから始まります。つまり、自然の中から見つけた原理を、自然の中で応用していくことです。具体的には、「庭いじり、農業、動物の飼育、林業など」に活かすこと。また、「人が作った建物や人間が作る環境」「どのような道具や技術を使うか」という領域にも適用されます。
この他、持続可能な社会を作るためには、4つの領域にパーマカルチャーを応用していくことが大切です。まず、「文化と教育のしくみ」を変えていく必要があります。それから「私たち自身の身体と心の健康」も持続可能な社会には欠かせません。3つ目は「金融・経済システム」です。通貨はもともと人間の道具だったはずですが、今では人間をコントロールするものと感じている方は多いと思います。4つ目の「土地の所有形態と社会の中での意思決定のされ方」も、持続可能な社会では新しい形が必要です。
パーマカルチャーの果たす役割
すでにどんなことが行われているのか、ここで実例をご紹介します。
文化と教育のしくみ
私たちがまず打ち破らなければならないことは、「学ぶ」ということが専門家に聞いたり、本を読むことだという固定観念です。小さな子どもを自然の中に連れ出し、自然を体験させることも学ぶことなのです。
パーマカルチャーの教室で行われている教育は、専門家や教科書から学ぶだけではありません。例えば、ため池をどこに作ったらいいかを学ぶために、実際に水を流して観察します。自然を直接観察し、自然と関わることによって学びを得ることができるのです。
もうひとつ重要なことは、伝統的な文化や先住民族の文化の再評価です。30年前、ニュージーランドの先住民族マオリの言葉はほとんど壊滅状態でした。しかし、最近のエコショーでは、催しのほとんどに通訳が必要でした。というのは、こうした催しがマオリの言葉で行われていたからです。
金融・経済システム
持続可能な社会では、それにふさわしい経済のしくみが必要になります。それぞれの人が持っている能力、働きなど、ものを交換する方法として地域通貨を使うこともそのひとつです。地域通貨を利用することで、現金以外の取り引きを作り出すことができます。日本でも地域通貨の必要性が叫ばれ、実際に、その取り組みも行われています。
土地の所有形態
コミュニティーガーデンやシティーファームは、オーストラリアの社会に広がりつつあります。そのほとんどが公共の公有地です。そこにさまざまな人が集まり、自分たちの食べ物を生産し、交流する場にもなっています。
オーストラリアでは、新しい形態による土地の共有が行われ、エコビレッジやデンマーク生まれのコハウジング(プライバシーを尊重しつつ共同空間をもつ共同居住型住宅)が盛んです。
また、ニュージーランドのアース・ソング(集落)では、最初から住民が参加し、家の建て方や場所を決めるなどの集落デザインが行われています。家自体はコンパクトな設計なので、余った土地を利用して共同農園を行うことができます。
パーマカルチャーは、7つの領域を紡ぐものです。全体を見渡すと、すごく複雑で大きいために、とても手に負えないのではないかと思うかもしれません。しかし、パーマカルチャー実践の出発点は、一人ひとりの個人にあります。個人が自分の暮らしを変え、それが家族、友人、地域社会という形で広がります。具体的な取り組みの中で、より良い持続可能な社会のあり方を見つけていくことが、パーマカルチャーの目的であるといえます。
パーマカルチャーの領域
1.土地と自然の利用:農業・林業など
2.人工環境:建築など
3.道具と技術
4.文化・教育:持続可能な社会のため の教育など
5.身体と心の健康:部分ではなく身体 全体をとらえるホリスティックな考 え方
6.金融・経済システム:小規模な地域 に根差した経済活動(地域通貨など)
7.土地所有・地域社会のあり方:土地の 利用法を含むコミュニティーの運営
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