コミュニティ経済による持続可能なコミュニティづくり
−コミュニティ銀行とコミュニティ通貨−
糸長浩司
日本大学教授/NPO法人パーマカルチァー・センター・ジャパン代表理事
はじめに
先進諸国、第三諸国をとわず、都市および農村地域の再生は、単なるハードなインフラストラクチャーの改造ではなく、社会、コミュニティの再生がポイントである。サステナブルコミュニティをどう構築するかにある。環境、社会、経済の三位一体的で持続性の高いシステムをコミュニティで構築することにある。コミュニティ・キャパシティ・デベロップメントのためのコミュニティ経済をどう構築するかにある。
本稿では、豪州の小さな町マレーニーでの試みを主に紹介しながら、オルタナティブなコミュニティ経済のあり方について展望する。本稿を書くにあたり、1997年からの豪州、英国調査及びパーマカルチャー・センター・ジャパン主催ジル・ジョーダン講演・シンポ「コミュニティ経済による持続可能な循環型地域社会創造−豪州のコミュニティ経済と地域通貨の試みから学ぶ−」(2003年3月)および『個人のライフスタイルとコミュニティの自立』(沖縄国際大学公開講座、2002年、ジル・ジョーダン、デジャーデン・由香里)を参照している。
★マレーニ町での多様なコープ活動
1970年代に豪州ブリスベンの北部の小さいな町マレーニーに、シンプルライフを求めて移住してきた都市住民達によって、その後、世界的に有名となる新しいコミュニティ経済が開始された。当時の町は貧しく、うらさびしい牧畜農業地域の町であり、新住民達に必要な全粒粉等有機農産物が手に入る店もない状況であった。そこで、有志達が集まり、共同購入から始めて、コーポの店を出すようになった。その店では、瓶や袋のリサイクルも心がけ、地域の老婦人達の共感も得て、次第に地域の農産物も扱うようになり、次第に地域経済の一翼を担うように発展していった。
マレーニはその後、1990年代に多くの協同組合的組織を立ち上げてきた。町のゴミリサイクルセンターとしての「リサイクル・コーポ」、荒廃した土地の再緑化することを支援する「バラング・ランドケア」、女性達のスキルトレーニングのための「マウンテン・フェアー女性啓発コープ」、パーマカルチャーの理論に基づく世界で始めてのエコビレッジ「クリスタルウォーター・パーマカルチャー・エコビレッジ」、人道主義をベースとした子ども達の教育機関「リバー・スクール」、町のパブ的クラブ「マレーニ・コーポラティブ・クラブ」、地元芸術家達の作品販売「ピース・オブ・グリーン」、映画観賞「マレーニ・フィルム・ソサエティー」、町の情報発信交流組織としてラジオ「マレーニ・コミュニティ・ラジオ」、町のテーマ性の高い話題を取り上げ話し合う「マレーニ・コミュニティ・フォーラム」等である。これらの地域住民のニーズにもとづく多様なコーポづくりは、その後のマレーニでのまちづくりの骨格となった。
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コミュニティ銀行(クレジット・ユニオン)
マレーニでのコミュニティ経済の機動力になったものに、クレジット・ユニオンの設立がある。1983年パーマカルチャーの提唱者ビルモリソンから米国での倫理的投資法の話があり、それを聞いた先のコーポ役員達が、地域内のお金を地域で循環させるためにクレジット・ユニオン(コミュニティ銀行)を1983年に立ち上げた。当初は、5.3万ドルの資金であったが、2002年現在で1500万ドルと300倍に拡大し、自社ビルを持ち、6000人のメンバーで、町には230種の雇用を創造し、110件ほどの新ビジネスを創出してきた。パーマカルチャー・エコビレッジのクリスタルウォーターの設立資金援助、他の協同組合活動の支援、環境保全再生活動への資金援助等を継続的にしており、クレジット・ユニオンが得た収益の一部は、助成金として、地元の学校、病院、環境グループに授与され、まさに、コミュニティの中の生きた金の循環媒体としての役割を果たしてきている。
また、クレジット・ユニオンの会計報告は、トリプル・ボトム・ライン(三本立て会計)として、経済的収支報告だけでなく、町への環境的な功績、社会的な貢献に対する評価が同時に報告させるという、エコ会計報告が実施されており、地域コミュニティの銀行としての役割の公平な評価がされる仕組みとなっている。ユニークな仕組みとしては、銀行内の紙の減量策として、銀行が紙を使用する量に応じて、先の「バラング・ランドケア」コーポに「エコ税」を払うというものがある。
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コミュニティ通貨(LETS)
クレジット・ユニオンは、市場資金を取り扱う銀行の一形態であり、その限界がある。お金を持っている物だけが得をするシステムである。クレジット・ユニオンにお金を預けられない貧乏人は相変わらず貧乏なままであり、銀行から融資されても利子を返すことで苦労する。クレジット・ユニオンだけではコミュニティ内の貧富の差は解消されない。
そこで、日本でも近年盛んに試行されている地域通貨が導入された。1982年にカナダで始まった、コミュニティによる自らの地域の財やサービスの交換システムLETS(ローカル・エナジー(エックスチェンジ)・トレーディング・システム)が1987年に導入された。LETSはお金を持っていない人達が自由に参加でき、自らの持っているもの、特技、出来ることを持って、交換に参加できる仕組みとして発展した。低所得者層にとっては有効な手段であり、かつ、交換に際して相互に価値を決めることで、人々の持つ価値を相互に認識し信頼しあう関係が成立し、コミュニケーションが生じ、経済的価値だけでなく、社会的価値、社会的恩恵をコミュニティに産むことができた。コミュニティツールとしての役割が大きい。
コミュニティの市場に雇用を生み出す資金としての金が無ければ、失業は増加する。しかし、一方で、地域コミュニティにとってすべき仕事は多くあり、かつ、それぞれの分野でその仕事を出来る人達が多くいる。それらをつなぐ道具としての資金がないのであれば、そのツールをコミュニティで創造したのがLETSである。また、今ある市場的には価値がなくても、コミュニティのとっては重要な価値のあるシャドーワーク的な仕事、コミュニティ的な仕事は多くある。それを住民自身が生み出し、地域コミュニティに貢献していけるというコミュニティ経済のオルタナティブの道具として活用できる。現在、LETSの事務所は、クレジット・ユニオンの建物の一部を借用し、その借用代金はLETSでクレジット・ユニオンに払われている。クレジット・ユニオンもLETSの構成員となっている。コミュニティ銀行とコミュニティ通貨のパートナーシップによる複合的なコミュニティ経済が成立していることになる。
豪州には現在、300以上のLETS組織がある。個々のLETSは地域で閉じているが、それらの閉じた個々のLETSの相互交換システムも成立してきている。その発祥の地がマレーニLETSである。
★英国でのLETSの動向
LETSはローカル・エンプロイメント・トレーディング・システムとも解釈できる。サービスやものの地域内交換が、地域内での市場経済に乗らない雇用の場と機会を提供し、それを契機としたコミュニティの活性化に役立つという視点である。英国でのLETSは、低所得者層や、失業者層の生活を地域経済・社会に組み込むためのソーシャル・ポリシー的な道具として使用されている面も強く、後者の雇用の交換という視点が重要となっている。地域でのオルタナティブな労働形態、シャドーワークを地域経済・社会の中に組み込む方法でもあり、その結果として、地域コミュニティのコミュニケーションを高めるものとなる。英国のLETSを普及させている民間団体「LETSLINK・UK」のパンフレットには、「LETSは、コミュニティと地域経済の再生のための新しい道を提供する」とある。市場経済に影響されず、自分たちの労働の価値を自分たちで計って地域内で交換するというシステムとして評価している。
私が1999年英国で調査した時点で400近くのLETSの組織があり94年頃から急激に伸びている。当初は、環境問題等に関してのある中流階層の遊びのような点があったが、その後の広がりは、地域の自立のための新しい地域経済、低所得者層の生活安定化のための道具としても拡大してきている。LETSの活動状況を分析した『LETS
ACT LOCALY』(1998年、ジョサナン)では、LETS組織の構成メンバーの1/4は失業者であり、マンチェスターLETSは43%、キングストンのサーリーは50%、ペンブロークシェアーのハンバーホードウエストでは70%であるという。彼はLETSの利点として、失業者の日常的な生活保証、何らかの労働の機会に恵まれることで今までの技術・技能の維持、実質的な次の仕事を得るためのスキルや機会の確保、コミュニティ内でのコミュニケーションが図られ孤立しがちな都市生活の改変、インフォーマルな学習の交換、地域レベルでの経済の再生(LETSとポンドを併用して交換もあるということが大きい)、多様なコミュニケーションにより地域内での階級的差や年齢差等による障害が解消されること、不用なものの交換的活用により環境負荷を少なくする等の効果をあげている。リード大学のコーリン達の1996年全英調査では、350団体あり、3万人のメンバーで一年間の経済行為をポンドに換算すると、2.1万£になるという報告がある。また、有機農産物の生産と普及の国内のリード団体で、有機農産物の認定機構のチャリティ団体であるソイルアソシエーションが進める「ローカル・フード・リンク」運動の中では、このLETSを組み込み、農村地域の有機農家と地域内消費者との連携を図ろうとする動きも出てきていた。LETSでの地域通貨とポンドとの共存併記や組み合わせでの交換行為も一般化しつつあった。
★コミュニティビジネス支援組織(LEED)
多様なコーポやLETSを立ち上げて、住民主体でのコミュニティ経済の活性化を進めてきたマレーニにとっての次の課題は、住民自身が始めるミニ・ビジネスの起業化に対する支援援助組織の立ち上げであった。1997年有志が集まり、LEED(ローカル・エコノミック・エンタープライズ・デベロップメント)コーポを設立した。地域のコミュニティ起業化支援センター的な機能を果たす。その後、LEEDは、先のクレジット・ユニオンとパートナーシップを結び、起業家は資金援助を得ることができた。LEEDは最初の一年間は起業家の事業が軌道にのるような援助を行い、その結果、援助がない場合に比較して成功事例が増加してきている。このことは、クレジット・ユニオンの融資の安定化にもつながることになる。
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複合化した持続可能な手作り型コミュニティ経済の構築
マレーニの20年以上にわたるコミュニティづくりの歴史は、移住民の生活ニーズから食料確保のためのコーポが手作りで始まり、その後多様なニーズに対応したコーポが展開し、地域のお金を有効に循環させるためにコミュニティ銀行を起こし、一方で、その金銭経済から排除されてしまう低所得者層のためのコミュニティ通貨(LETS)を創造し、コミュニティ内での意思と物、サービスの循環が持続的に発展してきた。そして、それらの動きの中で、より個々の人達がコミュニティに役立つ仕事づくりを率先して進めていくための、コミュニティ起業化促進のためのLEED組織が起き、より多くのコミュニティ内での雇用の場が提供されてきている。現在、これらの個々のコーポ的、コミュニティ組織は相互に複合化して、マレーニの環境、社会、経済が三位一体的な維持発展していく方向を支えてきているといえよう。
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コミュニティ経済の活性化のゴールデン・ルール
以上のマレーニのコミュニティ活動を当初から担ってきたジル・ジョーダン女史はその講演の中で、「コミュニティ経済の活性化のゴールデン・ルール」を述べている。まずは、コミュニティでのプロジェクト成功のスタートは、コミュニティ内での「必要性」の見極めである。これを間違えるといくらすばらしい理念やアイデアも実現しなし持続しないという。日本での各地での地域通貨が十分に発展しない点でも課題でもあろう。そして、わかりやすい共通のビジョンと明確なゴールの確認である。
彼女の言う、ゴールデン・ルールは、以下である。
「@小さく始める。A同じような経験をした人達から学ぶ。A人々が得意とし、出来ることで参加してもらう。C自分は価値があり、「みんなの役に立っている」ことを感じ、確認しあう。D人々に協力して働くことを教えよう。E最低限二人以上がそのプロジェクトを理解していること。」(『個人のライフスタイルとコミュニティの自立』P16を簡略化して引用)
マレーニの試みは、20年以上続く、豪州の新開地でのゼロからのコミュニティづくりとそのためのコミュニティ経済構築の実験的、先進的な試みであり、そこから多くのことを学ぶことができよう。一方日本では、講、結い、入り会いのような伝統的な相互扶助システムの残る日本の農山村地域では、これらの古い良い仕組みを活かし、かつ、新しいコミュニティ活性化のツールを組み込み、コミュニティレベルでの環境・社会・経済の三位一体的なシステムづくりを、新田園人と一緒に取り組むことが今後求められてこよう。既に、全国各地での実験や試みが始まっており、それらの情報交換と相互理解が深めていくことでその道が開けていける。そのための一助に本稿がなることを期待したい。
写真 1995年当時のマレーニーのクレジットユニオンと
LETSの事務所前の看板
写真 1999年英国バーミンガム市内の
LETS団体の秋の収穫祭・交流会風景
写真 英国で2番目にLETSを始めたストラウド町での
LETSの使えるレストラン内で、コハウジングの立ち上げを誘うビラ
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