ゆっくりと大切に
アエラの紹介記事より
シャロムヒュッテ紹介
舎爐夢(シャロム)ヒュッテ
長野県安曇野市穂高有明7958ー4
0263ー83ー3838
JR中央線松本経由大糸線穂高駅下車、車で10分(送迎要連絡)
1泊2食付き9500円(ドミトリ−ホステラーズルーム有り)、自炊、
キャンプも可。12〜2月は休業。
http://www.ultraman.gr.jp//shalom/
北アルプスの山懐に広がる安曇野は、青く澄み渡る空と金色の稲穂のコントラストが眩しい。
車の窓を開けると、清々しい空気が車内いっぱいに流れこむ。彼方には空と山々が描くなだらかな稜線が美しい。
野路に鎮座する道祖神を横目に、落葉松の森の細いでこぼこ道を進む。視界が開けた先に、「舎爐夢(シャロム)ヒュッテ」があった。
花と緑に囲まれた白壁の建物の前には広大な牧草地が広がり、ヤギがゆっくりと草を食んでいる。
その向こうにうっすらと北アルプスが見える。頭上ではトンビがのんびり旋回し、蜜蜂や蝶が花から花へとリズミカルに飛んでいる。
木のブランコが揺れるテラスを通り、キウイがなる屋根をくぐって宿に入ると、懐かしい情景がそこにある。
オーナーの臼井健ニさん(56)がシャロムヒュッテを作るまでの物語はとてもドラマチックだ。
東京での商社マン時代、「知らない人が作ったものを自分が売る」ことに違和感を感じていた。
会社を辞め、故郷の安曇野に戻り、趣味が高じて山小屋の番人になる。
登山者に熱いお茶を出し、共に語らう。記念写真は年賀状にして送った。
年間3千人程度だった宿泊客は毎年1000人ずつ増えて6千人になった。
当時、臼井さん宛の年賀状は町長よりも多かったという。だが、5年間の山小屋生活を経て山を下りた。
「山小屋ではお金に関係なく、人々が平等に暮らせる理想的な生活があった。
でもそこは消費ばかりで生産がなかった。
自分の手で何かを作りながら、もっと人とつながりのある生活をしたいと思ったんですよ」
以前から思い描いていた自然と共生する宿を始めたい。そう思っても、立ちはだかるのは「資金」の壁。そこで、山小屋生活で知り合った1万人の人々に手紙を書き、1口5万円で資金援助を募った。手紙を出してから3ヶ月で集まった額は2,500万円になった。
出資金を元に、建物は半セルフビルドで臼井さんと仲間が手作りした。
山から木を切り出すところから始まり、材料には廃材と廃レンガ等も使った。壁を塗り、家具を作り、床暖房や水道の配管までも手がけた。3年かけて完成した建物は、臼井さん曰く「無骨で荒々しい」 一方、素朴で優しい。
エコロジー、オーガニック、自給自足にスローライフ。今ではおなじみのロハスな暮らしを、臼井さんはシャロムヒュッテがオープンした25年前から実践している。
敷地内にはあちこちに環境に配慮した工夫がある。断熱効果があるという、緑で覆われた草屋根。屋外にはコンポストトイレもある。便槽となる小さなバケツから水分を分離させて落ち葉などで醗酵させると堆肥になるため、下水を使う必要がない。廃天ぷら油は車の燃料にする。花の水やりには、ウイスキーの樽に受けた雨だれを使う。洗濯にも極力洗剤を使わず、木炭と塩を使う。お湯と毛糸を編んだスポンジで食器もきれいになる。
野菜はほぼ自給自足だ。畑で採れたもので食事を作り、残飯はニワトリのえさに その糞は畑に帰り、また野菜ができる。ひと昔前には当り前だった「循環型」の社会が、連綿と続いている。
早朝、朝露で足もとを濡らしながら畑に連れていってもらった。アマランサスの赤い花やアーティチョークの青い花が陽光の中で揺れる傍らで、宿に併設されたレストランのシェフが朝食用のキュウリや茄子をもいでいる。
柔らかな土の上に、ごろんと季節はずれのすいかが転がっていた。臼井さんが鎌で割って一切れくれた。ぬるい甘さが舌にしみわたる。種はぷっぷっと土に飛ばす。臼井さんが言う。「自然の物は自然に帰すのが1番」
9月の終わり、3反ほどの畑にはにんじん、ズッキーニ、チンゲンサイ、南瓜、トウモロコシ、小松菜、じゃがいもなど、様々な野菜があちこちに植わっていた。
宿泊客用、自家用ともに、野菜は「自然農」や草成栽培 有機農で栽培している。
自然農とは、川口由一氏が提唱している「耕さない、草や虫を敵としない、肥料や農薬を与えない」栽培法だ。でも、野菜は雑草を取らないと育たないのでは?と聞くと、「ある側面ではそうですが 草が太陽エネルギーを固定して土地を豊かにするんですよ」と臼井さん。
「雑草を取ると短期的には野菜はよくできるけれど、土地全体は痩せていく。もし野菜が負けそうになったら、雑草を刈って土の上に置いておく。そうすれば肥料になる。土地は耕さずに必要な部分だけの表土を鎌で削って種を捲けば、野菜の芽しか出ないんですよ。生態系を壊さずに野菜を作る自然農では、草も虫も敵じゃないんです」 そう言って、臼井さんは手のひら大ほどの範囲の土を少し削り、チンゲンサイの種をパラパラと捲いた。
自然農での収穫率は60%とも言われる。「60点でいいんですよ」臼井さんが言う。
「最初100点の土地も耕していくと土地が痩せて100点じゃなくなる。それは持続可能かというとそうじゃない。でも自然農だったら60点以上になっていく。100点を目指しながら60点で良しとする方が気楽だし、夫婦関係もその方がうまくいきますよ(笑い)。60点が二つあれば120点になるしね」
畑でとれた野菜は、化学調味料や砂糖、添加物は使わないマクロビオティック(穀物菜食)のメニューになる。
高キビのハンバーグ、グリル茄子のマリネ、餅キビの柳川、テンペイの空揚げにアップルパイ。
どれも素材の味が濃い。
冬にトマトなどの夏野菜を出すことに違和感があった臼井さんは、宿泊客にも徹底して旬のものしか出さない。
物があふれている今、季節のものしか食べられないというのはむしろ新鮮だ。
無農薬野菜は皮まで食べられる。大根の皮はスープの具に、にんじんの皮は豆腐ハンバーグに彩りを添える。
キャベツの芯など、捨ててしまうような部分は朝食に出るオリジナルメニューの「玄米おかゆパン」になる。
レストランには宿泊客のみならず、遠方から足を運ぶ人も多い。
以前は穀物菜食というと暗い感じでしたがちょっとファッショナブルにすると とてもおしゃれです。
時代もそんな時代になってきました。
「僕自身も菜食ですが、時々はラーメンも出されればお肉も食べますよ。インターネットだって否定しません。便利なものは、自然と共生できるのであれば使った方がいい。僕はこだわってもとらわれない。とらわれると排他的になるし、人も選ぶようになりますから」
臼井さんのもとには、年間4千人ほどの宿泊客の他にも、全国から人が集まる。
毎年行う「パーマカルチャー塾」もその一つだ。
パーマカルチャーとは、オーストラリアのビル・モリソン氏らが提唱した「持続可能な農的暮らしのデザイン」。いわば、「共生の哲学」だ。 年に一度参加者を募り、パーマカルチャーの概念から、自然農や家作り、自然観察の講座が月1回、1泊2日で9回続く。毎年人気のあるワークショップだそうだ。
自然と調和し、共生する農的な暮らし。それをさらに発展させたいと、臼井さんは4年前に宿を中心にオーガニックレストラン、雑貨や自然食品の店などを集合した共同体「シャロムコミュニティ」を立ち上げた。
「PEACE」を単位とする地域通貨「安曇野ハートマネー」も流通しており100%使える。
「地域通貨はね、トランプでいえばババなんですよ。持っていない方がいいからなるべく使おうとする。そうすることでコミュニティの経済も循環していくんです」
シャロムという宿を中心に、食べ物も人もお金も循環している。必要なものはすべて自然の中にある。
臼井さんは言う。
「日本人は物質的に豊かになったけれど本当に大切な物を忘れてしまった。
競争の原理の中で居場所がないのが今の私たちです。競争よりも共生した方が幸せになれるんです」
“奪い取る”ではなく“与え合う”暮らしへ。お金を使い続ける生活は終りにした方がいい。
「お金で縁を切っているんですね。お金を解しない関係の方がより豊かで長続きします。自然と調和した循環型社会の重要性は、都会に住む人の方が気付いている気がします」
そう話す臼井さんの目の前を若いスタッフが走り過ぎた。
「“心を亡くす”から忙しくなって走らないといけなくなるんだよ。あんまり歩みが早いと魂が置き去りにされてしまいます。急がないで、ゆっくりでいいから」ゆっくり、ゆっくり…。
持続可能 多様性 調和これがこれからのキーワードです。
シャロムとはヘブライ語で「平和」の意。自然や人間と共生する生活の次には「平和」がある。
臼井さんは25年間唱え続けてきたことが少しずつ理解されていることを実感している。