写真展『Wonderful
World 〜アマゾン先住民メイナク族の教え〜』
「幸せ」や「自然」という言葉を知らないメイナク族。日本人が求めて止まないこれらの言葉がない世界とは?彼らのシンプルな生きる知恵に、しばし心の耳を傾けてみてください。
森谷
博
e-mail : walkinbeauty@mac.com
URL : http://homepage.mac.com/walkinbeauty/
2007年3月15日より 常設展 長野県・安曇野シャロムヒュッテにて
TEL&FAX
0263-83-3838
E-mail: shalom@ultraman.gr.jp
森の哲学者 メイナク族
メイナク族は、ブラジルアマゾンのシングー・インディオ保護区に生活する先住民族です。わずか200人たらずの人々がひとつの円形の村で、昔から続く暮らしをしています。近くの川で捕れる魚と、近くの森で採れるマンジォッカと言うイモを主食にしています。家は近くの森で採れる木で作り、一本一本の柱がどこで採れた木か全部わかっています。陶器や装飾品も自分で集めた材料で作ります。彼らは身の回りのものがどこからやって来たかすべて知っています。どこから来たのかわからないものにあふれている私たちの生活とは対極にある、まさに「身土不二」の生活。
彼らの生活は、「森の哲学者」と呼ぶにふさわしい知恵にあふれています。
<ひとつ>
メイナクの生きる哲学を端的に表す言葉は、「ひとつ」あるいは「一緒」。
彼らは私たちが使っている多くの言葉を知りません。例えば、「幸せ」「不幸せ」「自然」「宗教」「芸術」など。言葉は物事を区別する道具と考えれば、この世界と「ひとつ」になって生きている彼らには、それらの言葉は必要ありません。いつも幸せだから幸せなんて言葉は使う必要がない。みんな「一緒」で元気ならいい。自然と「ひとつ」になって生きているから、自然を区別して呼ぶ必要がない。いつも精霊と「一緒」に生活しているから、特別に宗教を意識することもない。ボディペインティングをしたり、陶器や首飾りを作ったり、踊りを踊ったりすることが生きることだから、生活とアートは「ひとつ」。だから芸術なんて言葉必要ない。
<現実>
理想的に見えるメイナクの村にも、文明の火の粉がかかり始めています。インディオ保護区のまわりは白人の私有地がとり囲み、牧場を作るため森は伐採され燃やされます。大量の煙は保護区の中まで入り込み、インディオは喘息などに苦しみます。かくいう私も、取材中この煙にやられ急性気管支喘息にかかり、死ぬ思いをしました。私たちはそこから逃げればいいですが、そこに住む人たちは逃げることができません。子供たち弱いものから倒れていきます。
他にも彼らの生活を脅かす要素はたくさんあります。アマゾン川に建設されるダム、不法侵入者、などなど。彼らは自分たちの生活、文字とお金のない文化を守るために、文字を覚えお金を使い始めています。この矛盾。
彼らの文化が変わっていくのはもう仕方のないことです。でも、彼らの生きる知恵をなくすことは、人類にとって大きな損失です。大きな文明はあっという間に滅んでいきましたが、彼らの小さな文化は何千年と生き続けています。その事実だけでも、彼らの声に耳を傾け、彼らと共に生きる道を歩む価値はあるのではないでしょうか。
「極私的アマゾン体験の顛末」 森谷博
いま私の周りは上を下への大騒ぎです。なぜなら、私が10年間勤めてきた会社(TBSテレビ)を突然辞めると言い出したのですから。
ご覧になった方も多いでしょうが、98年の「生きるとは何だ!?」、99年の「人間とは何だ!?」というTBS系列の特別番組でアマゾンのドキュメンタリーを作ったのが私です。「これからも良質のドキュメンタリーを作り続けてください」という多くの声に耳も貸さず、将来のキャリア、高収入などに何の固執もせず退社する決断をしたのは、アマゾンでインディオと出会ったから。彼らの
Quality of Life(生活の質)の豊かさに圧倒されたからです。
彼らはすべてとつながり合って生きています。ひとつひとつが具体的なつながり、家族であり、食べ物であり、住む土地であり、いのちの循環の中に生きているのが手に取るようにわかる世界。その凛とした美しさは、人間が生きる基本を突きつけていました。いずれ死ぬ人間の人生を豊かにするのは、お金でもモノでもない、世界とのつながりなのです。
私は番組の最後に付け加えました。
「彼らは私たちに問いかけていました。生きていくのに本当に必要なものとは一体何なのでしょう?」
それは自分自身への問いでした。抽象的で経済論理最優先、いのちを粗末に扱う社会に、家族とのつながりを断ち切ったまま生きる(つまり
Quality of Life の貧しい)自分に問うていたのです。
答えは、いのちを大切に、人とのつながりのなかで生き、具体的にいのちをはぐくむ仕事をまず自分から始める。結果、私はテレビ局を辞め、新しい生活を創造していくことにしました。
人は私の行動を大胆、勇気ある、もったいないと言いますが、ごく自然な流れで一歩を踏み出したとしか言えません。あくまでも
Personal Definition of Success
(社会の枠組みから離れた、個人の内側からわき上がる人生の成否の尺度)に従ったまでなのです。
森谷博
20世紀は分断と競争の世紀でした。
競争することによって豊かさを手に入れましたが本当の豊かさを見失ってしまいました。
21世紀は融合と共生の世紀です。まさにひとつ みんな仲間
本物が評価される時代が来た様です。
奪い合う暮らしから 分かち合い与えあう暮らしへ 若い人達は気づいています。
森谷さんのメッセージはその指針になります。
是非写真展にお越しください。お待ちしています。
舎爐夢(シャロム)ヒュッテ 臼井健二
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